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2011.02.28

忍びの里 その3 甲賀の牛、伊賀の豚

気になる村雨城を後にし、次いで向かったのは嶺南寺。甲賀忍者の望月家の菩提寺でもある。
天満宮2
天満宮のすぐとなりにある。
ここにの地蔵菩薩坐像も重要文化財に指定されている。
嶺南寺
戦前における国宝で石の案内が残っている。
旧国宝は1950年に重要文化財に変更され、その中から別の基準で新しく国宝が制定された。
だから旧国宝と新国宝はまったく別物であり、戦後に格下げされたというわけではない。

次は有名な甲賀流忍術屋敷の望月家へ。
忍術屋敷1
元禄時代の建物で築300年になるという。
普通の農家に見えて、中には隠し部屋、隠し梯子、からくり窓、どんでん返し、落とし穴などの仕掛けが。

忍者の気分になった後は近くにある成田牧場へ。
成田牧場
ここでは前日に行ったライブ喫茶の竹の音さんがここで音楽イベントを開催しているとの事である。

次は檜尾寺。ここにも重文の千手観音がある。
檜尾寺
檜尾神社と並んで建てられている。
檜尾神社

最後に寄ったのは伊勢廻寺。ここにも重文の十一面観音が。
どのお寺も小さな山寺という感じなのに、重文の仏様がおられて、すごい地域だと改めて感じさせてくれた。
これだけたくさんの神社仏閣に立ち寄ったのに、いずれも誰にも会わなかった。
拝観受付もなく、事前に予約して住職の予定を聞き、そのつど開けてもらうようにしなければならないようで敷居が高い。
仏様に会いたかったら飛び込みではなく、あらかじめ計画を立てておかねばならないようだ。
今度は仏様を目的に出かけてみよう。

伊勢廻寺まで行けばもうすぐとなりが伊賀の阿山である。
帰り道、モクモク手作りファームに立ち寄る。
朝は寒かったのだが、すっかり暖かくなってミニブタ君たちも散歩を楽しんでいる。
2011_02270029.jpg   2011_02270030.jpg
野菜を買い込み、足湯で昨夜の車内泊の疲れを癒す。
軽自動車の運転席を後ろに倒しての車内泊で、横になれなかった分多少疲れたが、好天と足湯で気分もすっきりしたところで、阿山の道の駅で伊賀牛うどんを食べてから京都に戻る。
有意義な二日間であった。


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Posted at 02:17 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.27

忍びの里 その2 村雨城

次の場所へ行こうと車を走らせていると、交差点の所に小高い丘があって、何か史跡を表す目印が見えた。
何かなあと、近付いてみるとそこには「寺前城・村雨城」と書いてある。
村雨城1   村雨城2
村雨城って、それは村雨数馬の村雨?
子どもの頃愛読していた漫画「伊賀の影丸」のシーンが浮かんできた。
優れた忍者の村雨五兄弟、とりわけ圧倒的な強さを誇りながら悲劇の最期を遂げた次男の村雨数馬。
何か関係があるのだろうか?
村雨兄弟は甲賀忍者だったのか?
それともたまたま?
村雨兄弟って鉄人28号にも出てくるし・・・?
そんな事を考えながら城跡へ。
村雨城3   村雨城4
帰ってから調べてみたけど、村雨城と村雨兄弟は無関係のようだ。
残念だけど。




Posted at 19:12 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.27

忍びの里 その1

甲賀はとなりの伊賀と並ぶ忍びの里である。
そして小さな町なのだが見所満載の町なのである。
小さな山寺がたくさん点在しているが、そんな所に国の重要文化財に指定されているような仏像がたくさん残っている。
しかし拝観には事前予約が必要な所がほとんどで、残念ながら見ることは出来なかった。
次の機会には計画を立てて見に行くようにしたいものである。

朝、7時半から行動。天気はいいがとてもひんやりしている。
まず、六角堂へ。
六角堂
道の真ん中に建っている。市場やバス停があって町のシンボル的な存在であろう。

次いで新宮神社。
重要文化財に指定されている表門。
新宮神社6
桜の季節はきれいだろうなあ。
新宮神社2
誰も居らずとても静か。

次は正法寺。
正福寺
重文の十一面観音は今回は見ることが出来なくて残念であった。


Posted at 18:37 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.26

森のくまさんと竹の音

ふと思い立って甲賀にある竹の音というライブのお店に行くことにした。
京都の音楽仲間もたくさん出演していて、どんな所か気になっていた。
ホームページを調べてみると、今日は飛び入りライブの日ということだ。
ギターを積んでドライブ気分で出かける。

途中、栗東まで来て別の店を思い出す。5月1日にライブ予定の森のくまさんである。
やどやんの紹介でライブをする事になったが、まだ行ったことがない。
それで挨拶を兼ねて、立ち寄ることにした。
雑貨屋、喫茶店、ライブスペース、カラオケといろいろなスペースのある魅力的な空間だ。

お客さんを交えて数曲セッションしてから、甲賀に向かう。

竹の音には地域の人、遠方からやってきた人、いろいろな世代の人が集まっていた。
お店で楽器教室もやっていて、その生徒がライブをするようになったりと、この地に根付いた音楽活動をしていきたいというマスターの熱い思いが感じられ、とてもいい雰囲気が伝わってくる。
遠いけどまた行きたいお店だ。

これから今夜は町内の駐車場で寝袋に入って車中泊、明日は甲賀の町を観光してから帰る予定である。

Posted at 23:50 | 音楽 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.25

ユク河ノナカレハタエスシテシカモモトノ水ニアラス

少し暖かかった日、ぶらぶらと散歩に出かける。
高野川に架かる小さな蓼倉橋を渡って下鴨へ。
糺の森を通り抜ける。
鴨長明の方丈の庵の公開という看板に惹かれて、下賀茂神社の摂社の河合神社へ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/kawai-jinjya.htm
2011_02250012.jpg   2011_02250011.jpg   
復元された鴨長明の方丈の庵がぽつんと建っている。
2011_02250003.jpg   2011_02250004.jpg
鴨長明は下賀茂神社の禰宜の子として生まれ、河合神社の禰宜になる事を望んでいたが叶わず、神職としての道を閉ざされて出家し「方丈記」を書いたという。
広さは約5畳半と狭い。
しかも組み立て式で解体して大八車で運ぶ事が出来るらしい。
「方丈記」が書かれたのはこの場所ではなく、大原に隠遁後、流れ流れて落ち着いた醍醐日野である。
だから、立派な神社の中に建てられている方丈の庵はとても場違いな居心地の悪さを感じる。

神社の奥に鴨長明資料館がある。
ここも非常に狭い。縮小された方丈の庵と解体して大八車に載せたものの模型が展示してある。
それに「方丈記」の写本。
漢字まじりのカタカナで、とても読みやすい。

 ユク河ノナカレハタエスシテシカモモトノ水ニアラス

冒頭の文は一度読んだら忘れられないほどの名文である。
今までずっと「川」と思っていたのだが、写本の中では「河」であった。
河は大きな河を意味するという。
どの河のことを思って書いたのだろうか?
下鴨を流れる高野川か鴨川、大原なら高野川、あるいは日野なら宇治川かな?

Posted at 16:45 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.23

三枚のステッカー

子どもの頃、「三枚のおふだ」という昔話が好きだった。
山姥に追いかけられた小僧さんが、和尚さんからもらった三枚のおふだを使って、命からがらお寺に逃げ帰るお話。
追いつかれた後の和尚さんとのやり取りも面白い。
絵本の読み聞かせでも、テンポ良い台詞回しや追いつかれそうになるハラハラドキドキ感もたまらない。
松谷みよ子の絵本では「たべられたやまんば」という話になっている。

さて、今日はマンドリンの練習。
学生の時に買った時と同じく、まず「ミスターボージャングル」のイントロから。
やっぱりうまく弾けないなあ。
次いで、ナターシャの「私を待つ人がいる」や「さよならがいえない」など。
久々に楽しい。
今度何処かに持っていって誰かと一緒に弾いてみよう。

さて、マンドリンケースのカバーを外してみると、懐かしいステッカーが三枚貼ってある。
2011_02010006.jpg
ヘッドの部分にあったのが、京フォー連のステッカー「歌」。
「FOLLOW IN JOE HILL'S SOUL / KYOTO FOLK SONG MOVEMENT」と書いてある。
2011_02010010.jpg
真ん中に貼ってあったのが1978年の第7回大阪うたの宿のもの。
2011_02010011.jpg
ボディ部分が1979年9月に滋賀の和邇浜で開催された「全国うたの里フォークキャンプ」のステッカー。
2011_02010012.jpg
ケースカバーをしていたので、こんなステッカーが残っていたことをすっかり忘れていた。

♪いろんな奴の顔が浮かんでくるよ 忘れられない
 あの頃の想い あの時のうた 

Posted at 16:49 | 音楽 | COM(4) | TB(0) |
2011.02.22

ジャンボのフラットマンドリン

京都に来て、最初に買った楽器はギターではなくフラットマンドリンであった。
本当はギターが欲しかったのであるが、学生寮の先輩のMさんが「ギターはいつでも貸してやるからフラットマンドリンにしろ」と強く勧めたからである。
そのMさんと一緒に河原町にあったキカメヤという楽器店に行き、選んだのがジャンボのマンドリン。確か2万2~3千円位だったと記憶している。
そしてMさんの思惑通り、彼が始めたナターシャー風バンドに参加することになったわけである。

その時のマンドリン、今ではほとんど弾くことがない。

先週の土曜日、アコシャンでひでまんのマンドリンを触らせてもらったが、全然弾けなくなっている。

というわけで、帰ってから久しぶりに取り出してみた。
2011_02010001.jpg   2011_02010002.jpg
2011_02220023.jpg
ネックが太めでギターになれた手には押さえやすいような気がする。
音は・・・、とりあえずコンディションを整えてからにしよう。
この状態で音のことをいわれたらかわいそうだ。
とりあえず弦を張替え、ある程度弾きこんでやらねば。

そういえば、この白いケースカバーは京フォー連のおさかべ姉妹の母親に作ってもらったもの。
大切にしなければ・・・。
Posted at 20:41 | 音楽 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.22

銀行での出来事

昨日の事。
ある銀行に振込みに出かけた。
その銀行の東京の支店が振り込み先だったのだが・・・・。

窓口のお姉さんは、ここで振り込むと手数料が315円かかるが、この用紙のまま郵便局で振り込めばもっと安い手数料になると笑顔で教えてくれた。

というわけで郵便局へ。
手数料は120円。

たかがそれだけの事だけど、とてもさわやかな気持ちになれた。
銀行のお姉さん、ありがとう。
Posted at 19:46 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.19

今夜は歌酒 明日はスローハンド

今夜はキッチンハリーナの歌フォー酒場。
今回のオープニングライブは重吉和久さんです。
若い頃合唱団に参加していた重吉さんの歌はしっかりとした味わいがあります。

第2部はいつものようにお客さんの出演参加の場です。
みなさん、演じに来てください。

2/19(土)「ハリーナ歌フォー酒場」

第1部 19時~ 重吉和久 ライブ (チャージ投げ銭)

第2部 20時~ 歌フォー酒場
         司会進行&ギター伴奏  楠木しんいち  三島邦生
参加費 500円 (+オーダー)

場所 キッチンハリーナ (田中大久保町)
   http://kitchen-halina.net/
img4337d02e8ce79.jpg


明日、20日(土)はスローハンドでライブ。

今回は長野たかしさんのベースに加え、松井恵子さん、佐野邦夫さんという二人のピアニストとも共演します。

日時 / 2月20日(日)19時半~

場所 / 70's bar SLOWHAND
     京都市中京区烏丸丸太町東南角
     ノアーズアークビルB1F
     ?075-212-8390
     http://www.geocities.co.jp/MusicHall/7359/
出演 / 松井 恵子
    佐野 邦夫
    三島 邦生 with 長野たかし(元・五つの赤い風船)
時間 / start 19:30 チャージ / 1000円
佐野邦夫

Posted at 08:07 | ライブ | COM(0) | TB(0) |
2011.02.17

馬越峠と天狗倉山

「種まき権兵衛の里」を訪れた翌日、権兵衛さんが大蛇と闘ったという馬越峠に行ってきた。
ここは熊野古道でも人気のコースで、古い石畳の道である。
2011_02130032.jpg   2011_02130034.jpg   2011_02130038.jpg
風情はあるが安定が悪く歩きにくいこと。
峠に着いた時には冬だというのに汗をかいていた。
尾鷲の町が見下ろせる。
2011_02130039.jpg
ここまでで引き返そうとしたら先に来ていた人から、「すぐ先の天狗倉山までいったら素晴らしい景色が見えるよ」と教えていただく。
せっかくだから行ってみようかと思ったら、これがなかなか険しい道で、山頂近くなると両手をついてよじ登らねばならない所も。
極めつけは山頂。山頂には巨大な岩があって、はしごと鎖につかまって登っていくのだ。
2011_02130046.jpg   2011_02130047.jpg
高所恐怖症の自分にはとても無理。とりあえずはしごの天辺まで登ったものの、岩の上に立つのが恐ろしい。
というわけであえなくリタイア。
手前の岩場も断崖絶壁。確かに景色はいいが落ち着いて味わえない。
こをごわ、一枚だけ写真を撮る。
2011_02130044.jpg
へっぴり腰で早々に退散したのであった。
Posted at 20:34 | 雑録 | COM(2) | TB(0) |
2011.02.15

きーほくん

紀伊長島は漁業の町だ。
種まき権兵衛の里のある隣の海山町と合併して、現在は紀北町となっている。
紀伊長島がマンボウの町なら海山で有名なものは渡利カキ。
2011_02130017.jpg
というわけでその日の夕食はカキづくしコース。

レストランの入り口に何種類もの魚の首が並んでいる。
2011_02130026.jpg
何事かと思ったら、本日の刺身はここの中から選びなさいとのこと。
悩んだあげく選んだのは、ホウボウ、カワハギ、アオリイカ、アカガシ。
アカガシはカサゴに似た魚。とてもおいしかった。

翌朝は紀伊長島港の魚市場へ。
お土産に名産だという秋刀魚の丸干しを買い求める。

・・・と、向こうの方からマンボウがやってくる。
2011_02130030.jpg
紀北町のイメージキャラクターの「きーほくん」である。
最近、いたるところでこのような着ぐるみに出会うが、このきーほくんはなかなかかわいいと思う。
しかし、名前にもう一ひねり欲しかったなあ。
Posted at 13:22 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.15

♪権兵衛が種まきゃカラスがほじくる~♪

さて、明日は試験。
真剣に取り組もうと思ってもなかなか動き出せない。
先週末の連休は最後の追い込みだったのに気分転換で東紀州へ行ってきた。
さあ、これを書き終えたら昨年の試験問題をやろうか。

連休1日目の先週金曜日、さあ出かけようかというときになって雪が降ってきた。
とてもやみそうもないどころか激しくなるばかり。
土山あたりは雪も多いが新名神はさほど雪に影響されないという情報を信じるしかない。
実際の所、全く問題なかった。道路交通情報を聞いてみると、阪神高速や和歌山方面が雪で不通になっているとのこと。
甲賀や伊賀を抜けて無事、大内山まで。
ここからは42号線で紀伊長島へ向かう。
こちらもまだ雪が残っている。
大内山乳業ミルクランドで休憩。


紀伊長島はマンボウの町である。
海を見下ろすマンボウの丘には風見マンボウが並んでいる。
2011_02130002.jpg
道の駅で休息したあと、隣町の海山町へ。

先月に来た時に寄らずじまいで気になっていた「種まき権兵衛」の里へ。
http://www.ztv.ne.jp/web/campinnmiyama/gonbe/gonbes.html
2011_02130004.jpg
「♪権兵衛が種まきゃカラスがほじくる~♪」の民謡で知られる権兵衛さん、なんと江戸時代の実在の人物だったらしい。
元々は武士だったのだが、武士の身分を捨て、この地で開墾をはじめたのこと。しかしなれない農作業でまいた種をカラスに食べられたりして村人に笑われたり馬鹿にされたりしていたが、努力の甲斐あり村一番の農家になったという。
また、権兵衛さんは鉄砲の名手として紀州藩主にも認められるほどの腕の持ち主であった。
その頃、近くの馬越峠に大蛇が出没するというので、権兵衛さんは退治に出かけ見事しとめたものの蛇の毒にやられて村人の介抱もむなしく元文元年(1736年)12月26日に死去した。

権兵衛さんに関しては、民謡にあるカラスとののユーモラスなやり取りしか知らなかった。
まさか実在のモデルがいて、村人を救いながら死んでいったとは驚きであった。
大蛇退治の話はフィクションとしても、村のために開墾事業を行い、その中でマムシにでも咬まれて死亡したのであろう。
郷土史に残る人として語りつがれ、民謡にもなって人々に愛されているのがとても微笑ましい。
権兵衛さんの木像がカラスと一緒に資料館の前で迎えてくれる。
2011_02130005.jpg
敷地内はかなり広くきれいに整備された庭園がある。
2011_02130011.jpg
池に写る山の姿が美しい。
Posted at 12:30 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.10

京都復活教会~ヴォーリズを訪ねて

自転車に乗って北大路通りを通っていると、堀川交差点近くに重厚な建物が見えた。
確かこのあたりにヴォーリズ建築の教会(幼稚園)があるといっていたのはマンドリン弾きのH氏だった。
おそらくここだろうと思って建物を訪れると京都復活教会という看板がかかっている。
教会の奥が幼稚園になっている。
自転車から降りて外から建物を見る。決して大きくはないがとても美しく存在感がある。
2011_02040009.jpg
教会の門は開いていたが扉は閉ざされている。しばらく外から見ていたが、思い切って看板に書かれていた番号に電話してみる。
「ヴォーリズの建築に興味があって・・」、というと「どうぞどうぞ」と快諾。扉を開けてくれた。
まず礼拝堂へ案内してくれて「自由に見学して行ってください」とのこと。時々こうして見学や写真を撮りにやってくる人がいるとのことである。
2011_02040007.jpg   2011_02040008.jpg
大切に使われてきたであろうきれいに磨かれた廊下。
2011_02040003.jpg
趣のある階段。
2011_02040006.jpg   2011_02040005.jpg
先ほどまでいた子どもたちの笑い声が聞こえてきそうなプレイルーム。
2011_02040004.jpg
建設されたのは1935年。「市民が選ぶ文化財」に選定されている。
Posted at 23:47 | 雑録 | COM(3) | TB(0) |
2011.02.08

淀城の猫たち

日曜日に立ち寄った淀城跡で出会った猫たち。
城跡にある与杼神社の屋根でひなたぼっこをしている。
2011_02060011.jpg
寒い中、猫たちも生きていくのは大変だろう。
2011_02060007.jpg
のんびりしているように見えても、近付けば警戒して間合いを取りながら隙をみて逃げていく。
2011_02060005.jpg
この城は、江戸時代になってから徳川秀忠に命じられて造られ、松平定綱が城主としてやってきた。
その後、永井氏、石川氏、戸田氏など幾度となく城主は変わったものの、最終的には稲葉氏が幕末まで治めた。
稲葉氏といえば徳川家光の乳母の春日局の内助の功で出世したという言われている。
春日局は明智一族だし、いろいろと人脈をたどって想像していくのはとても面白い。

猫たちにも聞いてみたいけどわからないだろうな。

茶々の城はここから1キロ程北の納所の妙教寺あたりに在ったとの事。
実は、そこにも立ち寄っていて、戊辰戦争の陣の跡の石碑を見つけたのだが、城跡は気付かなかった。
残念である。もう少しよく調べておくのだった。
Posted at 12:59 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
2011.02.07

はづかし

羽束師・・・、京都の人なら誰もが読むことができるであろう。
ここには運転免許センターがあって、何年かに一度はいやでも行かねばならない。
というわけで、日曜日に5年ぶりに出かけた羽束師、免許更新をする人々の長い行列に並ぶ。
書類を申請し、視力を調べ、写真を撮って、簡単な講習。
それが終われば新しい免許証をもらえる。
10時には終わったので道草して帰ることにする。

まず、近所にある羽束師神社。
羽束師という地名は、都での政変やいくさに敗れた者たちがこの地に逃れ、恥をしのんで暮らしたというわけではない。
羽束一族は土器を作り石灰を焼いたりする泥部(はつかしべ)の伴造家であり、この場所は羽束首(はづかしのおびと)の居住地であったとのこと。その羽束氏の祖神を祀った神社がここ羽束師神社である。
小さな神社であったがとても歴史は古く大宝元年(701年)の鎮座とのことである。

次いで出かけたのは淀城跡。
2011_02060003.jpg
淀駅のすぐそばにあり、踏切を渡った反対側には競馬場がある。
2011_02060002.jpg
城跡は公園になっており、石垣と堀が残っている。
競馬場側はにぎわっているが、城跡は閑散としたもの。
猫が二匹、のんびりと昼寝をしている。

なおこの淀城は淀君のお城ではなく、江戸時代に建てられたもの。

少し足を伸ばして納所の妙教寺へ。
ここは鳥羽伏見の戦跡である。狭い道の住宅街に迷い込んだが、こんなところにという場所で石碑を発見。
陣の跡だったようである。

次いで、誕生寺へ。
2011_02060015.jpg
誕生寺は道元の生誕地に生誕800年記念して2000年に建てられた寺院である。
ということで真新しい。
出家前の少年時代の道元像が迎えてくれる。
2011_02060016.jpg
最後に鳥羽離宮跡へ。
院政の舞台であったこの場所、今では跡形もなく運動公園になっている。
白河上皇、鳥羽上皇などの名前が浮かんでくる。
そしてここにも鳥羽伏見の戦跡が多い。
いつか機会を設けてゆっくりと歩いてみたい。

このあたりまで来ると、市内といっても洛中とずいぶん違う感じである。
しかし、どんな町にも歴史はあり人々が暮らしていたのだということを感じさせてくれる。
羽束師という地名にも歴史が刻まれている。
ということで、読めなかったら京都人として恥ずかしいですぞ。
Posted at 17:10 | 雑録 | COM(0) | TB(0) |
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